ナゼお盆は?
本日(←と云っても10数年前の8月12日)のウチの前のビーチ。
♪ ああああ~ぁ、おぼんわぁ~ぁ、ことしもウォ~ォ、はめへェ、ダアッタ~~、ワワワワ~ッ ♪
(前川清 ”長崎は今日も雨だった” のつもりだ)
つい一昨日までずっとドッカ~ンと晴れだったのに、きのうから急に雨&曇り模様で涼しくなった。
ビーチは風が飛んでいる。
陸風だから海面はベタ凪だが、空一面の雲、そして時々雨が。
ナゼか?
私はフィリピンで長いことダイビングリゾートの仕事に携わっているが、実はこの日本のお盆の時期の観光客は、天候に恵まれないことが多いのである。
ナゼか?
前に居たルソン島では、8月は雨季にあたるので、ある程度しかたないと思う。
しかし雨季乾期のハッキリしない当地セブ島でも、やはりお盆は天気が悪いのである。
日系リゾートにとっては、とても大切な『繁忙期』なのに。
(繁忙期は3つあり、暮正月、5月連休、お盆)
ナゼか?
今年の場合、8月に入ってから衛星画像でもフィリピン上空は雲がなかったが、12日、何処からともなく雲が湧いてきて、ほぼフィリピン中を覆ってしまった。
ナゼか?
ルソン島からセブ島に来て6年目になるが、お盆で晴天が続いた記憶がない。
お盆休みで日本から来ていただくお客様にも、「セブ島は寒いんですね。」とか言われてしまう。
8月11日まで晴天が続き、今年こそ、そのジンクスが破られるかと思いきや、やはり・・・曇り、やはり雨・・・。
ナゼか?
ここにひとつの説がある。
大東亜戦争の末期、東南アジア各地で、ここフィリピンでも数万の日本兵が凄惨な死を遂げている。
多くは戦闘で命を落としたのではなく、(兵站が乏しいゆえの)飢えと病気が原因だった。
(ルソン島で私が居た村も、日本兵に何度か(食料目当てで)襲われていた。 村長や長老からその時の話を聞かされた。)
もちろん、日本兵だけではなく、敵兵も、民間人も多数が命を落としている。
戦争とは、人間の行為の中で最も愚かなものだ。
その数十万の御霊(みたま)が、頃や今とばかり、雲となり、雨となり、風となる。
敢えて無念の死を享受した魂たちが、このお盆に、生きている我々に警鐘を鳴らしている。
・ ・・・などとフウテンなどは、気をまわしてしまうのだ。
でないと、この天気は理解に苦しむ。
このブログの性格上(どんな性格ジャ!)、あまり堅苦しい話はしたくないのだが、終戦後60年(←当時では)を経て、戦時経験者が少なくなってきている今の時代である。
過去の激戦地のひとつ=多数の同胞が亡くなった外地=にご縁あって現在住み暮らす私が、お盆&敗戦記念日にその事に思いをめぐらすのは、ごく自然であると思うのだが・・・・
私の今年のお盆は、リゾートを建築中だ。
例年のごとく、多くのお客様と一緒に過ごしているわけではない。
これはフィリピンに来て初めてのことである。
ご先祖様に感謝して、どんな天候も甘んじて享受しよう。
さて来年のお盆はどうしているやら。
まずは、この地で散った幾多の英霊に合掌しよう。
(そもそもこのブログは、10数年前の記録を転記したクロニクルです。当時の時系列に沿って綴っている為、時季外れの話になってしまって申し訳ないです。)