ビーチボーイ&ビーチガールのクロニクル

南国ビーチで、ゼロからリゾートを建設し、営業し暮らした記録です

入口が出来た

(車両用のゲート・・・敷地内のクラブハウス2階から見た画像)




それは突然やってきた。


1週間前に、近所の鍛冶屋に発注していたゲートができて来た。


正面入り口の車用のゲートである。


凝る理由も無いので、ごくシンプルな構造と部材・色で注文しておいた。



私がラフな図面を書いて、数軒の業者に見積もりさせ、一番安いところに注文を出した。


構造材や仕様を指定してさえ、各見積もりの値段の開きが倍あるといういい加減さだ。



物の値段は売るほうが勝手につけると云う、フィリピンスタイルだ。



見積もりを頼んだら、初めて見る業者なのにいきなり80%の手付けを払えと、手を出してきた非常識な業者もいた。


私をただの『金持ち外国人』と思ったようだ。


要は何でもアリなのだ。


もちろん、お引取り願ったが(タガログ語で嫌味を言ってやってから)。




結局、頼んだ業者は、ウチから歩いて5分の『村の鍛冶屋』だった。


上に書いた様に、たまたま一番安い業者を選んだらそうなったのだ。


この鍛冶屋さん一家の跡取り息子は、最近まで、わが村の村長だった。


ところがその村長に、景気のよい中近東の出稼ぎが決まり、大喜びで村長職を投げ出して行ってしまった。



これは別に責められる選択ではない。


フィリピンの人にとって、外国に出稼ぎに行くことは一世一代のチャンスなのである。


庶民が上の暮らしを望むなら、海外出稼ぎしか方法が無いと言ってもよい国だ。


『庶民』と言うのは、何処の国でも、数の上では圧倒的なマジョリティなわけで、それが自分の国をほとんど見捨てていると言うのは、ある意味で凄まじいことだと思う。




何はともあれ、取り付け作業。


作業は、ゲート代金に込々だ。






いきなり、持ってきた鉄扉をコンクリートの柱の横において、ヒンジ(蝶番)の位置に、拾った釘で引っ掻いて印しをつけた。






作業員は4人。





印しのところをタガネでハツリ、鉄筋を出してヒンジを溶接(仮止め)する。




反対側の柱にも同じように印しを付けハツル。






ヒンジを溶接(仮止め)、上半身裸で手袋も無し。


(フィリピンの田舎では普通なスタイル)






木の団扇(ウチワ)かと思ったら・・・・





溶接の面だった!





左右の鉄扉のロックの位置を微調整して(道路側から見た)。






仕上げの溶接。




水平も垂直も全くの『めけんとう』


重り糸も水パイプも水準器も一切使わない。


恐るべきフィリピンスタイル。



彼らは”産業革命”以前から、タイムマシンに乗ってきたのか?


ウチのエンボイ組が、賢く近代的な『エンジニア』にみえてきた。





しかし考えた。


もし水平を出して、左右の扉の高さが段ちがいになったら・・・?


もし垂直を出して、左右の扉の合わせ目がずれたら・・・?



「もし」でなく、おそらく間違いなくそうなるだろう。


やはり、彼らの(経験だけが頼りの)施工・取り付け方法で正解なのだ。




いやいや、ここは『匠(たくみ)の技』を持った連中だった、と思って信じよう。


どうせ何か問題が起きても、近いからすぐ文句を言いに行けるし。


だが、これで私の監視目標がまたひとつ増えた。






取付完了!



道路側から見たゲート。


右が今回の鉄製の車用ゲート、左がウチで木で作った人間様用ゲート。





あとで記事にするかもしれませんが、数年後、この鉄扉ゲートに、酔っ払い運転の酒屋の配達2トントラックが突っ込んできた。


門柱のセメントが抉られ、ゲートに傷と凹みが出来たが、動作には問題なく、ガタも来なかった。


さすが元村長家の、”村の鍛冶屋”だ。

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