ビーチボーイ&ビーチガールのクロニクル

南国ビーチで、ゼロからリゾートを建設し、営業し暮らした記録です

カシリスのリーフ


サンゴと私。


(サンゴは摑んでませんよ、手はレギとマスクを持ってます。= 写真提供 お客様)




カシリスリーフ内の浅場で寛(くつろ)ぐフウテン。


イボハダハナヤサイサンゴ(左)、ヘラジカハナヤサイサンゴ(右)、アオバスズメダイ、フタスジリュウキュウスズメダイ、ネッタイスズメダイなどが見えてますね、まあ名前などはそんなに重要ではないんですけど・・・


私はイントラですので一応気にしてみました。


この場所は、“CACERES REEF” と書きます。



ダイビングサイトの名前です。


セブ島南部の東海上で日本人に有名なダイブサイトは、アポ島、バリカサグ島、スミロン島などをはじめ数多いのですが、カシリスの場合、REEF(リーフ)と言うくらいですから、島ではありません。



『礁(しょう)』であります。


ウチのリゾートから州道を北に向かうと、BARANGAY(=村) LOOC(バランガイ・ロオク)バランガイ・カシリス(CACERES)と続きます。


(バランガイとはフィリピンの最小行政単位、『部落』とでも言いましょうか。)
ちなみにウチはバランガイ・ラグンデにあります。


このダイブサイトは、そのカシリス村(部落)の沖にあるリーフですので、“カシリスリーフ”と呼ばれています。


ウチからは、ボートで1~10分と言うところでしょうか。


1分は速い船ですね。


10分というのは、手漕ぎの船で普通に漕いで行った場合です。


つまり非常に近いのです。


ウチとしては、ちょっとした“ハウスリーフ”感覚であります。


しかしその実力たるや、知る人ぞ知るといったところ。


何故日本においてビッグネームでないのかと言うと、今までこの近辺には日系のダイブショップが無かったせいです。


そのために遠くセブマクタンやリロアン、ドマゲティなどの日系ショップもたまにカシリスに来るのですが、ここがダイビングボートで賑わうことはまずありません。


何故分かるかと言うと、前述の通りで、ウチからはこのリーフが見えるからであります。


私一人で、手漕ぎの舟に機材を積んで潜りに行くことも結構あります。


良いリフレッシュになります。


またここは、古くから知られている割には魚もスレテなく、場荒れも少ないです。




さて、ひと口でどんなポイントかと言いますと・・・


カシリス村の海岸から、沖合い500メートルほどの海中に突如として南北400メートル、東西150メートルほどの長円形のリーフが現れます。


リーフ内は足の踏み場もないほどの各種サンゴの群生と真っ白な砂地であります。


水深は満潮時で4~8メートル。


大潮の干潮時ですと、人が立つと水面に顔が出る珊瑚岩も幾つかあります。


美しいサンゴ礁にスズメダイ系の魚影が濃く、晴れて流れのない日は、究極の癒し系ポイント“カシリス竜宮城”となります。


そしてリーフの周囲です。


東側全面と南北の一部は直角にガクンと落ちる豪快なドロップオフです。


普段は、大物を狙うカシリス村の漁師の釣り船が寄っています。


長々と続く壁の下は水深30~70メートルくらいであり、セブ島屈指の“大物回遊魚ポイント”と呼ばれる所以はここらにあります。


リーフの西(セブ島)側と、南北の一部はスロープの斜面ですが、特に白い砂地にサンゴがボツボツの西側は、ちょっと油断するとすぐに30メートル以深となり、ここも侮れません。


朝8時にスタートして、カシリスを3本潜って帰ってビール、昼食&昼寝、とか、ワンダイブごとにリゾートに戻って一休み、なんて楽チン&贅沢ダイブができるのであります。
最大の利点は、ロケーションを生かして、カシリスリーフでのダイビング料金が他のリゾートやダイブショップの、半値以下に設定できると言うことであります。


早く自前のボートとタンクを手に入れて通いつめ、徹底的にカシリスリーフを解剖、分析して皆様に楽しんでもらいたいと考えております。

津軽の言葉


フウテンおやじ妻です。


先日(←10数年前です)、元世界ナンバー1、現在ナンバー2のテニスプレーヤー ロジャー フェデラーが長年のガールフレンド ミルカと結婚しました。


あっ、ロディックも水着モデルの22歳の彼女と結婚しましたね。





この夏には赤ちゃんも誕生するそうで、おめでた続きのフェデラーですが、テニスの方がいまいちです。


ガンコ者で有名なフェデラーは現在コーチ不在の状態で、今年に入ってから優勝らしい優勝はしていません。


しかも優勝どころか、精神面・プレー面でひどくなっていくばかりです。


どうしたんでしょう。


グランドスラムで優勝するとあのピート サンプラスに並ぶグランドスラムタイトル14 という輝かしい記録を打ち立てるのに、マッタクさっぱりなのです。


しかも先日は同郷の後輩にストレートで負けてしまっています。


5月は彼の苦手なクレーコート(土のコート)でのローランギャロス、フレンチオープン(全仏オープン)です。


おとーさんにもなることですし、ぜひ踏ん張って欲しいものです。。





さて先日、インターネットニュースに


〇〇県、方言のまま供述書に記載


というタイトルがありました。


①「じぇぇんこ、出せ」


②「わ、あだまさきて、石で殴ってまったじゃー」


など、だそうです。
これを読んで吹き出してしまったのは、私だけ、フウテンは意味がわからず、きょとんとしてました。


これらはれっきとした日本語です。この文の意味、お分かりになりますか?


①「金を出せ」


②「私は頭にきてしまい、石で殴ってしまいました」


になります。


内容は警察の供述書ですので、ぎょっとしますが、これは私にとってなつかしい津軽弁なのです。


最も有名な?津軽弁は


「どさ?」
「ゆさ」


です。
長い文章を短く表現するという東北方言の特徴を端的に表している代表的な会話です。
ちなみにこれは


「どごさ行ぐの?」(=どこへ行くの?)
「湯さ行ぐどご」(=お風呂に行くところ)


となります。


津軽弁のルーツは、6~7世紀の大和言葉だそうです。


“ほいど”(=欲深い)などは、あまり使われない仏教用語や“ばっけ”(=ふきのとう)などはアイヌ語に由来、“ていぎ”(=面倒くさい)は古典漢語から変化したものとか。。。


結構奥深い言葉なのですね。


でも、こんなふうに会話されてしまうと↓


A 「おぉ、おめこったどごでなーっちゃんず?」


B 「あ~、Aだが。わー今けやぐどまぢあわせしちゃんだばって、まんだだもこね。おめは?」





A 「やあ、お前こんな所で何してるの?」


B 「あ~、Aじゃん。私は今友達と待ち合わせしてるんだけど、まだ誰も来てないんだよね~。Aは何してるの」


全くわかりません。



その昔、私がまだ小学生だったころ、東京の某テレビ局が「青森のおばあちゃん 対 鹿児島のおじいちゃん」というタイトルで番組を企画したことがありました。


その青森のおばあちゃんに、近所のおばさんが抜擢されたのです。


招待状の“用意する”欄には、真面目に


通訳一人


と書かれてありました。
そのおばさん、撮影のため上京しましたが、あまりにも鹿児島のおじいちゃんとの会話が困難になってしまったため、その企画自体がボツになってしまったそうで。。



またずいぶん前に“アップダウンクイズ”という番組がありました。


毎週日曜日、夜7時から放送されていました。


解答者6名がゴンドラに乗って、10問正解するとハワイ旅行と賞金があたる、という番組です。


ある日のアップダウンクイズ、解答者の一人が青森県出身でした。


もちろん津軽弁、しっかりと訛りのある日本語で、でも次々と正解していきました。


その人は断とつトップ、あと一問正解するとハワイ旅行、というところでした。



さぁ、ハワイ旅行をかけての質問です。




司会「体の中で「へ」のつくところは?」



ピ~ンポ~ン



最初に押したのはトップの〇〇さんでした。


司会「さぁー、〇〇さん、これが正解するとハワイ旅行です!答えは!?」



〇〇さん「(大きな声ではっきりと)答えは、へなが!!」


一瞬会場が静まりかえり、司会もキョトン。。。


そして〇〇さんが乗ったゴンドラが



ブッブッー



とブザーがなり、下まで降りてきてしまいました。



司会「ざ、残念です、〇〇さん。へなが?ですか?正解は“へそ”でした~」



津軽弁。。。。


一部の人は背中を“へなが”と言うのです。





息子“む”、いちおう今はビサヤ語、英語、日本語を自由に操っては、話す相手によって言語を変える、というわざをやってのけています。


そんな“む”が唯一話す津軽弁は



「ちょっとまで~~」(=ちょっと待って)



もちろん私の父から伝授されたものでした。


お父さん、孫との文化交流?ありがとうございます。




ここセブ島で話されるビサヤ語は。マニラ首都圏で使われるタガログ語と全く違います。
たぶん津軽弁を聞くぐらいに。訳がわからないんだびよ~~~ん、(=訳がわからないんだろう)と思います。




とっちぱれ(=おしまい)