お約束のベニヤの角
建築許可が下りた事は以前に話した。
記念すべき、くい打ちの日。
朝7時、ドドド~ッと男達がやってきて、工事は突然始まった。
図面はおろか、完成予想図やコンセプトシート、見積書、工程書などない。
地鎮祭など、あるわけな~い。
市役所に預けてある図面(青写真)が建築許可証と共に戻ってくるのが、午後3時予定なのだ。
いきなり、何の前触れもなく、頭領エンボイとその15人の盗賊、失礼、棟梁と手下達は、地面にココ椰子の角材(クイ)を打ち込み始めた。
一応初日なので、簡単な紹介と現場ルールなどを全員ミーティングしたのだが、その後私は、このあたりに家を作るのだが・・・と言っただけである。
何事も形式にこだわる日本人としてはちょっと面食らってしまった。
気を取り直してから、よく見ると、思い切り曲がっている。
南側のブロック塀に沿って1メートルの間隔で・・と言ったのに、かなり斜めになっている。
家の大きさは、12メートル×8メートルの長方形と言ったのに、正方形になっている。
どうやらこの一味は、入れ込んで動転しているらしい。
よほど仕事に飢えていたのか。
そうじゃない、彼らが普段作っているニッパヤシ葺きの小屋風住宅ではなく、”鉄筋コンクリート2階建て”の本格家屋だからだ。
ほとんどの人が、何をどうしていいのか分かっていないと思う。
「やめーっ、止めーっ!」私は全員に聞こえるように言った。
ドウ、どう、どう、となだめ、一拍置く。
フォアマン(=棟梁)に指名したエンボイをカゲに呼んで、お、は、な、し・・・。
落ち着いたようだ。
やがて、数十本の角材を地面に打ち込み、水パイプで水平を採り、横木を渡した。
計12本の鉄筋コンクリートの大柱の基礎の穴掘りのためである。
さらに、正確な位置を出すために、地上1メートルくらいの高さに、水パイプで水平を取って、ナイロン糸を縦横に張り始めた。
地に足が着いた仕事ぶりになってきた。
よし、よ~し。
ところが・・・やはりでた~!出たのである!
お約束の、ベニヤ板!
(フウテンオヤジは、なぜか半分ちょっとうれしい気分である。)
この国の田舎建築では、『直角』を出すのに・・・
ベニヤ板の角を利用する!のだ。
仮にベニヤの角が正確な90度だとしても、ベニヤの短辺はたった120センチしかないのだ。
(ベニヤの規格は日本より大きく、4×8フィート、約120cm×240cmです)
それに沿って目測で糸を張っても、その先10メートルでは誤差はどうなる。
云わずと知れたことだ。
その結果、長方形でなく菱形が出来てしまうのである。
私は、奥様Mと違い、武田の残党の子孫ではない。
菱形の部屋では眠りたくない。
私フウテンは、建築畑出身ではない。
いわば素人だ。
しかし今どき、小学生でも、3対4対5の比率で直角ができる、中学生なら、平方根√を使えば正方形が作れること、など知っているだろう。
(もし判らない人がいたら、軽い頭の体操で考えてください。)
人類が有史以来進歩しているのかどうか私は知らないが、このあたりは古代ローマやギリシャ人やエジプト人、中国人や日本人などなどに較べ明らかに知恵がない。
バカにするわけじゃないが、普通のフィリピン人は算数に本格的に弱い。
そうやって決められた12箇所の柱の位置で、男達は日本ならとっくに捨てられてしまう様なボロのスコップで穴を掘り始めた。
フィリピン人はモノを大切にする人が多い。
理由は簡単、お金がないから新しいのが買えない。
壊れても、自分で修理して使い続けるからだ。
その結果、土を掘る先端の金属部分以外は、ほとんど手製になる。
この点は、今の日本人も見習ったほうが良い。
とりあえず今日は、やるだけやらせておく。
そして棟梁のエンボイに「ベニヤの角は・・・、チッ、チッ、チッ――(守屋ヒロシではない、人差し指を横に振っているのだ)――だよ。」
「明日いい事教えてあげるからね。」
と意味ありげに伝え、短い足を精一杯広げ、小林旭のように大股で現場を去るフウテンオヤジであった。
(イメージ画像)
――続く――