ビーチボーイ&ビーチガールのクロニクル

南国ビーチで、ゼロからリゾートを建設し、営業し暮らした記録です

最初の言い訳と世界の『サダハル オー』



上はウチの前の海の朝。


今の時期は波高5センチ以下、空と水平線の境目が判りにくいほど、とても静かです。


近所の漁師の船(画面中央右)が、海面に釘付けされたようです。
(多分、漁師は船で居眠りです)




ところで原油高(←当時、約10数年前の話)、異常ですね。


フィリピンでは物価の高騰が止まりません。


もともと人件費が安く、物の値段は、製造コストと輸送コスト、そして企業努力もヘッタクレも無い国ですから、こういう場合、恥も外聞もなく、思い切りよく物価上昇します。



原油は、大昔からそこにある化石燃料ですよね。


今さら掘削のコスト増は無いだろうし、何故そんなに値が上がるんでしょうか?


先週はバレル130ドルを超えました。


1年前の2倍です。


1999年には、10ドル台のこともあったのです。



増えた需要をにらんだアラブ商人の策略か、狡猾なアメリカの陰謀か?


オイルショックの、トイレットペーパーとか洗剤を思い出しますね。




何がどうあれ、世間を騒がすマネーゲームは、もううんざりな気がします。


これでは政情不安定な国では、暴動が起こるかもしれません。


お金が入ってくると言う事は、世の中や人々の役に立ったことへの対価、代償だと私は思うのですが。


世の人を困らせてお金を稼ぐなら、それは泥棒と変わりないと思うのですが・・・違いますか?




ところで、徳永ナントカさんの『さいごの言い訳』ではないですが、いいわけします。



私の本業は、ダイビングインストラクターです。
(ここ5年くらいは、リゾートマネージャーが本業になりつつありましたが。)


したがって、ダイビングを通じて多くの方と知り合いになり、こんな中途半端な男ですが、ありがたい事に可愛がっていただき、ご贔屓にしていただいております。


そうしたお付き合いのお客様の方々から、「もうそろそろリゾートが出来るだろう。行きたいのだが・・・。」
というお問い合わせを頂戴いたします。


熱心な方ですと塀ができた2月頃からです。


そして日本の夏休みが見えてきた5月に入ってからは、週に2~3件の「まだか?」というお電話やEメールでのお問い合わせをいただいております。
(今朝などは、埼玉のS様より、新規のお客様を何人か紹介したいのだが・・・というメールまでいただきました。)


リゾート立ち上げを目指す者として、冥利に尽きることだと思います。



しかし、気にかけていただいて、また御期待していただき、大変ありがたいと同時に、申し訳ない気持ちです。


まだしばらくは、お客様をお迎えできる状態にはなりません。
ごめんなさい。



クラブハウスは完成のめどが立ってきましたが、それ以外はまだまだ、椰子の切り株、草ボウボウです。


例えばの話、畑に種を蒔けば、やがて秋には収穫となるでしょう。


しかし、私どものしていることは、いわば荒地の開墾からのスタートです。


稔りはまだ先の話です。


かりに巨大な資本を投下すれば、(←ちょっと言ってみただけですが、) リゾートとしての立派な設備の数々は、おそらく1年もたたずに完成するでしょう。


しかし、お客様にご満足いただけるようなソフト面の人材(例えばコック、設備メンテ、ウェイトレス、ハウスキープ、ボートマン、ガイドなど)の育成や、サービスを円滑にするためのマニュアル作りと教育には、月日が必要です。


『ローマは一日にして成らず。』とまでは言いませんが、フウテンおやじとその妻のインチキなリゾートでさえも、一朝一夕にはできません。



もっと言い訳けしますと、他の場所と違い此処セブのO市エリアには、日本人や外国人相手のれっきとしたリゾート、更にはダイブサービスさえありません。


これが近隣に有ると無いとでは、ホントに大違いなのです。


つまり、近所の村人には、そのような仕事の経験やノウハウを持った人材が皆無なのです。


ここは、「人材の荒野」です。


それでも、かまいません。


青年は――フウテンおやじは――荒野をめざす――ものでありますから。





言い訳というのは、始めるとキリが無いようです。


しかし、男は黙って・・・というのも今の場合は的を射ておりません。


これはお問い合わせに関する説明、とご理解ください。



しかしご心配なく。


奥様Mも私も、皆様方からのお問い合わせに、ただただ、ありがたく感謝しております。


それどころか、ゴタゴタあって、ややもすると萎えそうになる気持ちが、お問い合わせを頂くたびに鼓舞されます。




そういえば、ナゼか、あの王貞治さんです。




美しいフラミンゴ打法。


かつて、世界のホームラン王の名をほしいままにし、その数において、競争相手もとうに無く、前人未到の荒野を突っ走っていた頃です。


すでに充分な地位も名声もお金も手に入れた。


ある記者が質問した。


何があなたをそうさせる、のですか?


修行僧のように、そのストイックなまでにホームランを量産する、そのモチベーションは何なのですか?


(どこからくるのですか?)


王さん、答えて曰く。


自分の名誉の為じゃありません。


家族の為でもありません。


お金の為じゃありません。
(現に王と長嶋という2大スーパースターは、今時の選手のように年俸闘争は生涯していない。あの時代は今よりもお金にキレイだったと思います。)






曰く。


『自分の為、お金、名誉、自分や家族の為に何かをするのであれば、そこにはある程度の限界があると思います』


『あるところまでいくと、もう良いと思ってしまったり、満足してしまうかもしれない』


『そのレベルまでのことです、そこに限界があるのです』



野球が好きだから?


ホームランの魅力?


『確かにそれもあるかもしれませんが、これもちょっと弱いですね』



『では何の為かと言うと、<期待に応える>ため、のような気がします』


(そしてその意志は、自分は期待に応えられる、という自信とプライドに裏打ちされているのでしょう。)





私フウテンが思うに、ファンの期待などというものは、身勝手な、癒えることの無い物、果てしの無いものでしょう。


それに応えるとなると、それはもう際限ない精進が要求されるわけです。


ファンという名の、老若男女の区別もない、顔も無い、そんな物の怪の様な怪物の欲望を満たす為に、王さんはグラウンドに出て、ピッチャーと対峙していたのでしょうか。




勘違いしないでください。


私は王貞治に自分をなぞらえているのでは、決してありません。


尊敬する方のひとりですし、あやかりたいとは思うのですが、大違いです。


私は、王さんのような偉人とは、むしろ対極にある出来そこないのダメおやじなフウテンです。


トシも年ですョ。


そう云えば、私が所属した日本のある会社では、今の私はもう定年の歳なのです。


年々衰える体力、気力、記憶力や根気といったものを自分の年齢のせいにして、ささやかな人生の帳じりを合わせようと、姑息な手段に逃避したくもなります。


私の生きざまが、地位や名誉、財産などと全く縁の無いことは、はばかりながら、とうに承知しております。


若い頃なんて、ソリャ、アナタ、行き倒れ覚悟、八方破れの親不孝な時もありました。


ところが今は、そんな馬鹿な野郎に期待している他人様がいる。


それもひとりだけではないのです。



先の王さんの話ではないですが、皆様からたくさんの見えない力を頂戴しているような気が致します。


糟糠(そうこう)の妻、奥様Mも居ます。




ひょっとしたら、瓢箪から独楽、フウテンからリゾート、も有りかも・・・です。




でも、私はダメなフウテンおやじです。



60kmでリミッターが作動する50の原付かも知れません。



偉大な王さんとは違いますから。。。。



*以上全文も、10数年前の記録から紐解きました。

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